majerca’s blog

日本全国の障害者施設で作られた雑貨だけを集めたセレクトショップ「マジェルカ」のブログ

相談

とあるセミナーの講師に呼んで頂いて1/13から仙台に行ってきました。 
そのご報告はいずれ近いうちにさせて頂きたいと思います。

 今日は、その仙台訪問中に製品の相談っていうほど大げさではなく立ち話でもあったので 
アドバイスを求めて来て下さったある施設職員さんにメールを書いていたのですが、
 これってこの方だけに対してというより他の福祉施設関係の方々、特にマジェルカに相談
に 来られる方やそういう部分で興味を持ってくれている方々がいるとしたらそういう方々に
 対しても抱いている私の思いだな・・・ とつくづく思ったので、少し加筆修正しながら
その内容をここに載せさせてもらいます。 
また、私の中で日頃感じている思いをメール上の言葉として伝えるという作業をしている中で
 私自身の中でも少し整理された気がしたので書き記してみました。

 その内容は以下です。 

 『施設職員の方から製品に関するご相談を受ける機会は少なくありません。 
アドバイスを差し上げる事は出来るのですが、当然ですがそのアドバイスや意見は
あくまでも私の主観や考え方でしかなく、決して答えというモノではないという事は
理解しておいて下さいね。
その上でですが、あの商品に対して私なりに改めて・・・
面白いとは思います。ただ、「デザイナーさんが・・・」という事でしたが、では、
どこに○○さんの施設の利用者さんや○○さんはじめスタッフさんの要素がはいって
いたり、また、それが出来るまでのストーリーというのがあるのだろうかという点が
気になる部分です。

素材を作ったのは利用者さんというのであれば、他の同じような素材を作る施設さんで
そのデザイナーさんがデザインしても同じなわけで・・・

単なるモノとしてでなくその裏にある背景やストーリーを可能な範囲で重視したいと私は
考えています。
それが世の中の他のモノよりも出せるし、また求められるのが施設製品だとも考えています。
加えて、そのコト=ストーリーによって、そのモノ=製品が誰でも無く関わった皆さんが
自分の モノという意識も芽生えるのかなとも思えます。
例えばメンバーさんが描いたイラストを元に作ったとか、そのデザイナーさんが○○さんの
施設の利用者さんと接する中で得たインスピレーションがそれだったとか、それともあの
キャラ自体に何か他に意味があるとかとか・・・

じっくりとお話する事が出来ませんでしたから、あったとしてあの時そこまで伺う事は
出来ませんでしたが、これが私の考えです。

あくまでもその上で色・形・機能・価格・売り方・・・・の話が出来るのかと思っているの
ですが、多くの場合皆さん残念ながら前段階のお話を私にされるよりも、いきなりこれらの
部分を聞きたがります。

前段階のお話を伺い、その中で背景を知り、スタッフさんの思いや考え、関わるメンバーさん
の事を出来る範囲で知り、他に、持っている設備や出来る作業内容などのハード的な面も把握
した上でやっと具体的な色・形・・・と言う話が出来るのです。 ですが皆さん色・形などの
外部要素がまず先に欲しいし、もらえるアドバイス=解決策=答え だと思っていて、何か
そんな答えをくれるんじゃないかという期待でやってきている様に思えます。

私自身本当はパッと見て思いつく事をその場で適当に言ってではなくて、きちんと上に
述べたような ある程度の手間と期間をお互いに掛けてのフォローをさせて頂きたいというの
が本音です。

また、きちんと関わっていく事で経過や成果を一緒に共有したいという思いがあります。

それから、相談に来られてなにがしかのアドバイスをして、でもそれが一体どうなったのかも
その後 知ることなくそれっきりというのはなかなか淋しいものですよ。』 

以上がメールの内容です。

 一応これだけでなくそれでも具体的に思いついたアイデアは、為になったかならないかは
わかりませんが させて頂きました。

今、とある施設さんがOPENするショップのプロデュースをさせてもらっていてデザイナー
さんと 打ち合わせを重ねているのですが、私がいちいち色んな部分でその施設の利用者さん
やスタッフさんたちが そこにどう反映できるかな?ってことばっかり言って悩み、悩ませて
いるところでもあります。

それを重視したいと言いながら、じゃあそれが具体的にどういう事なのか?どうやって伝える
のか? それに意味があるのか?実際に伝わるのか?受け手から見ればどうでも良い独り
よがりじゃないのか?

明快な答えを出せない私が正しい解を与える事は出来ません。

最初からこれだけという正しい答えというのはありません。

あるのは自分達(“だけで”という意味ではありません)で考えて行動した結果がどうかと
いう事では ないのでしょうか?

そう言う意味では最初から“間違い”というのもないのかもしれません。

そして私が出来るとすれば答えを与えてあげるのではなくて答えを出すその助力となる事
なのです。